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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)5570号 判決 1966年6月04日

原告 毛利英穂

被告 株式会社神戸銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一、一八〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年七月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告代理人は請求原因として、

一、訴外三雄加工機株式会社(以下訴外会社という。)は被告に対して昭和四〇年三月三一日現在一、一〇〇、〇〇〇円の定期預金債権を有していたが、原告は、東京地方裁判所昭和四〇年(ル)第九一六号をもって右定期預金債権について債権差押ならびに転付命令を得、右命令は第三債務者である被告に昭和四〇年三月三一日送達された。

二、ところが、被告が訴外会社の依頼で割引いて所持していた金額一、一〇〇、〇〇〇円、満期昭和四〇年六月三日、振出人訴外栗田工業株式会社の約束手形(以下本件約束手形という。)について、訴外会社との間の銀行取引契約中に定められた特約による買戻請求権に基づいて、同年二月一二日訴外会社に対し買戻を請求し、さらに、昭和四〇年四月二日到達の書面で、訴外会社に対し、右買戻による売買代金債権一、一八〇、〇〇〇円と右定期預金債権一、一〇〇、〇〇〇円とをその対当額において、相殺する旨の意思表示をしたので、原告は第三者弁済についての訴外会社の承諾を得た上、昭和四〇年四月三日阿部裕三弁護士を通じて被告に対し右一、一八〇、〇〇〇円と、一、一〇〇、〇〇〇円の差額八〇、〇〇〇円の弁済について口頭の提供をしたが、同月五日その受領を拒絶された

したがって、本件約束手形は原告に対し引渡すべきものである。

三、仮に右主張が理由がないとしても、原告は、昭和四〇年三月二八日、訴外会社から、同会社が被告に対して負担する前記買戻による代金債務が相殺あるいは質権実行等により消滅した場合、同会社が被告に対して取得する本件約束手形の返還請求権の譲渡を受け、訴外会社は同月三〇日到達の内容証明郵便で、被告に右譲渡の通知をした。

そして、本件約束手形の買戻による本件約束手形返還請求権は、前記一、一〇〇、〇〇〇円の定期預金債権との相殺および八〇、〇〇〇円の弁済提供により発生したので、本件約束手形は原告に引渡すべきものである。

四、ところが被告は、昭和四〇年四月一日訴外中外工業株式会社に対し本件約束手形を引渡してしまったので、原告への引渡債務は履行不能となった。

五、よって、原告は被告に対し、右債務不履行に基づく損害賠償として一、一八〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで法定の遅延損害金の支払を要求すると述べた。

被告代理人は答弁および抗弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項のうち、相殺の意思表示の点は否認する。原告主張の書面は相殺の意思表示ではなく、後述のとおり質権実行の方法としての差引計算の通知である八〇、〇〇〇円の弁済について訴外会社の承諾があったことは知らない。その余の事実は認める。

三、同第三項のうち、原告主張の内容証明郵便の到達は認める。ただし、その到達の日は昭和四〇年三月三一日である。

四、同第四項の事実は否認する。

五、訴外会社は被告との間で、昭和三九年一二月一一日、訴外会社が被告に対して当時負担し、また将来負担する一切の債務を担保とするため、訴外会社が被告に対して有する前記一、一〇〇、〇〇〇円の定期預金債権に対し質権を設定し、かつ質権実行の方法につき次のとおり特約した。すなわち

(一)  訴外会社が被告に対し負担する債務の期限が到来したときは、被告は、右定期預金債権の期限のいかんにかかわらず、即時質権を実行することができる。

(二)  右の場合は、被告、事前の通知および所定の手続を省略し、訴外会社にかわり質権の目的である右定期預金の払戻を受け債務の弁済に充当することができる。

六、被告は、右同日訴外会社から右定期預金証書の交付を受け、昭和四〇年一月二〇日、公証人役場において右質権設定契約書に確定日付の記入を受けた

七、そして、原告主張のとおり訴外会社は被告に対し一、一八〇、〇〇〇円の債務を負担するに至ったので、被告は昭和四〇年三月三〇日、前記質権実行の方法として、右一、一八〇、〇〇〇円より、定期預金債権一、一〇〇、〇〇〇円およびこれに対する利息金二八、三五一円を差引き、残額は別途預金をもってこれに充て、差引計算を了した上、同日本件約束手形を訴外会社に返還した。

八、以上のとおり、訴外会社の定期預金債権は昭和四〇年三月三〇日、質権実行によりすでに消滅しており、また、本件約束手形は、その返還請求権の譲渡の通知が到達する前である右同日訴外会社に返還交付したのであるから、原告の主張はいずれも理由がないと述べた。<以下省略>。

理由

一、請求原因第一、二項の事実は、相殺の意思表示および弁済についての訴外会社の承諾の点を除き、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件約束手形の返還請求権が原告に移転し、かつ、これを被告に対抗し得たか否かについて判断する。

(一)  答弁および抗弁第五項の事実は、(二)の事実を除き、当事者間に争いなく、証人鐘ケ江周三の証言によってその成立を認め得る甲第五号証、乙第四号証、成立に争いのない同第三号証、証人鐘ケ江周三、小林益三の各証言によってその成立を認め得る同第二号証、第六ないし第九号証の各一、二および証人鐘ケ江周三、小林益三の各証言を総合すれば、次の事実が認められ、甲第五号証およど証人鐘ケ江周三の証言中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(イ)  前記質権設定契約には、前記相殺または質権の実行ができる場合には、被告は、事前の通知および所定の手続を省略し、債務者(訴外会社)にかわり諸預け金の払戻を受け、または、担保提供者(訴外会社)にかわり右定期預金の払戻を受け、債務の弁済に充当することができる旨の条項がある。訴外会社は右定期預金証書を被告に差入れ、右契約書(乙第二号証、定期預金担保差入証)には昭和四〇年一月二〇日、公証人役場において確定日付の記入がなされた。

(ロ)  前記のとおり訴外会社は被告に対し本件約束手形の買戻による一、一八〇、〇〇〇円の代金債務を負担することになったので、被告の銀座支店では(同支店が訴外会社と手形割引等の取引をしていた。)昭和四〇年三月三〇日に至って右一、一〇〇、〇〇〇円の定期預金債権に対する質権実行による差引計算を実行することに決定し、右同日午前中にその旨を訴外会社に通告した。

そして、右差引計算実行の事後的な事務手続として、右同日午後銀座支店に出頭した訴外会社の代表取締役鐘ケ江周三に本件約束手形の被裏書人欄の被告名を抹消させた上これを返還し、定期預金証書には右同日定期預金勘定から商業手形勘定へ振替える旨の印を押捺し、前記鐘ケ江周三にその裏面に、定期預金を領収した旨の記載をさせ、右同日右差引計算の明細を記載した「相殺通知書」(乙第三号証)を作成し、翌三一日訴外会社に送付した。

なお、相互に融通手形を振出し合っていた訴外会社と中外工業株式会社とが昭和四〇年二月九日被告と合意の上、被告が訴外会社に対し買戻を請求した割引手形は、その買戻代金残額を支払って、中外工業株式会社が取得することと定めていた関係から、本件約束手形は、鐘ケ江周三の承諾を得て、被告が預かり、同年三月三〇日午後六時過ぎごろ、同会社から買戻代金の不足金を受領した上、同会社に引渡した

(二)  ところで、原告主張の譲渡の通知が被告に到達した日について検討するに、成立に争いのない甲第六号証の二、三、五、六、七、乙第五号証によれば、各通知を内容とする書留内容証明郵便は、昭和四〇年三月三〇日、被告の銀座支店を管内に持つ京橋郵便局の窓口係に交付されたが、被告の銀座支店においては私書箱を利用しており、当時京橋郵便局では書留郵便物は窓口係に交付された翌日、窓口で私書箱利用者に交付するのが通例であり、かつ、私書箱の利用可能時間は午前八時から午後八時までであったから、同支店としては昭和四〇年三月三一日午前八時以後はじめて右郵便物の受領が可能であったことが認められるから、債権譲渡の通知は昭和四〇年三月三一日に被告に到達したものというべきである。

(三)  右のとおり、原告主張の転付命令が被告に送達されたときには、すでに被転付債権は消滅してしまっていたし、また、仮に原告が訴外会社から本件約束手形の返還請求権を譲受けたとしても、その譲渡の通知が被告に到達する前に、被告は訴外会社および中外工業株式会社との合意に従ってこれを中外工業株式会社に引渡してしまっていたのであるから、原告のこの点に関する主張はいずれも理由がない。<以下省略>。

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